東京-大阪 あるものないもの

大阪人のもっちぃが楽しく東西の違いを紹介しまっせ!

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大阪はぶらし

ちょっと前にメルマガのほうで紹介した「大阪はぶらし」。娘と一緒に行った海遊館隣のマーケットプレースで売ってたん見つけたんで買うてきました。まぁ、見たってちょうだい。

大阪はぶらし柄ぇに書いたぁるんは「アンタ専用」と「ウチ専用」。ちなみに他に「オトン専用」と「オカン専用」もあります。パッケージにはおかめ(やったやんな?)とひょっとこが「間違えんといてや!」「お前こそ勝手に使うなよ!」ゆぅてます。「勝手に使うなよ!」ゆぅてますけど、ほなら「ちょっとアンタの貸してぇなぁ」って聞いたら使わしてもらうんやろか、なんてことつっこんだらあかんわね(笑)

なんで「なにわ名物」か、っちゅーと、歯ブラシは大阪の地場産業で、八尾が生産日本一らしい。私全然知らんかったわぁ。

この歯ブラシ、普通の歯ブラシと形がちゃうくって、先っちょがドーナツ状になってるんよ。おっきぃほうの写真やったらなんとなくわかるかなぁ。この形がうまいこと歯ぁにあてるといい塩梅に歯ぁの付け根と、てっぺちょのくぼんだところにうまい具合に当たるらしくって、ええ感じらしい。ほんまかいな。そのせいか、今時一本100円もせんこともある歯ブラシやけど、この「大阪はぶらし」は一本420円。ええ値段するやんね。それだけ物もいいんやろう。きっと。

今みなさんが使てはる歯ブラシもひょっとしたらmade in Osakaかもしれませんなぁ。



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テーマ:関東在住大阪人 - ジャンル:地域情報

  1. 2009/09/26(土) 17:19:52|
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ビアガーデン

7月も気ぃついたら10日過ぎてしもた。はやっ!

さて、メルマガで先紹介した話なんやけれども、夏になるとビールがおいしい、さらに「ビアガーデン」ならなおさら!って私はあんましビール飲まへんねんけど、ビール党の共通意見やんね、これ。

この「ビヤガーデン」も大阪で産声を上げたん、知ったはりました?

大阪駅前第一生命ビルの屋上で1954年(昭和29年)にオープンしたんが始まりらしい。この大阪駅前第一生命ビルは、日本初の12階建て、41メートルの高層ビルとして1953年5月に誕生したんやけど、その地下にある「ニユートーキヨー」の店長やった黒須定七さん、って人が「ビヤガーデン」を考案したんやってさ。

ん?

ガーデン?それともビガーデン?

ま、どっちゃでもええか。ごっちゃになっとっても堪忍な。

話戻るけど、「ニユートーキヨー」の黒須店長がビヤガーデンを思いついたきっかけは、1953年にホンダが新しいバイクの展示会するのに、店を3日間貸し切りたいってゆってきたんがきっかけやったんやってさ。金額的にはええ話やったらしいねんけど、3日間も貸し切られたら他のお客さんに来てもらわれへん、けどホンダも簡単には折れてくれへん、困ったなーってなときに「屋上使(つこ)たらどないやろ」って思いついたらしい。(けどきっと思いついた時は大阪弁ちゃうかったと思うけどな)。

ほんでビルの管理会社に掛け合ってなんとか1週間屋上借りる許可とりつけて、展示会開いたらこれがえらい話題になって、展示会は3日間の約束やってんけど、展示会終わってからも一般客が「屋上でビール飲ませぇ」押し寄せたらしい。まぁまだ屋上の契約期間は残ってるわけやし、しゃーないなぁ、ってまた屋上でやっとたら展示会中にも来た毎日新聞がまた取材に来て、それが新聞に載って、また客が来て・・・ってな繰り返しで、結局、その年いっぱいは屋上を使う許可が下りてんてさ。まぁそんなこんながあって、その翌年正式オープンになったんやってさ。

今でこそ、大阪に限らず、あちゃこちゃでビアガーデンやってるけど、この店長さんのヒラメキがなかったら・・・他の誰かがひらめいたかもしれんけど、違った形になってたかもしれんもんね。これからビアガーデン行く時は、乾杯の後に心ん中で「黒須さん、おおきにぃ!」ゆぅとかなあかんね。


追伸:この記事にお便りいただいたs.takanoさん、お礼が遅なってすんませんでした。今はもう第一生命ビルではやってへんみたいやね。今年は阪神成績悪いから、阪神百貨店の屋上もいまいち・・・なんかな?いっぺん行ってみたいんやけどね。やっぱし祝杯あげたいもんなー


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  1. 2009/07/11(土) 16:00:48|
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レトルトカレー

ちょいと前にメルマガで紹介した話なんやけれども。それにちょこっとブログ用に話を広げて書きたいと思いまっさ。

年配の人やったら知ってはる人多いと思うけど、世界で初めてレトルトカレーが誕生したんは大阪やねんで。ご存知「ボンカレー」ですわ。開発のきっかけは、ソーセージを真空パックにしたもんが缶詰に代わる軍用の携帯食として紹介されとったアメリカのパッケージ専門誌に掲載された記事を見たことらしい。これをヒントに「一人前入りでお湯で温めるだけで食べられるカレー、誰でも失敗せんカレー」のコンセプトで1964(昭和39)年に開発がスタートしたんやって。

ほんでまぁ、紆余曲折あってなんとか発売(最初は阪神地区限定)にこぎつけたんが1968(昭和43)年2月12日のことやったそうです。問屋に営業に行ってもなかなか置いてもらえへんかったから、小売に売り込みに行って、当時店舗数を伸ばしていってたダイエーが取り扱ったことで爆発的なヒットになったんやそうです。

まぁまぁ、そのボンカレーの歴史は公式サイトの「進化のあゆみ」ってところを見てもらうとして、ここからちょっとちゃう話。

こないだ「肉じゃがの肉は何の肉や?」ってな話したと思うけれども、考えたらレトルトカレーに入ってる肉って牛肉でっしゃろ?ボンカレーの公式サイトにも「『ボンカレー』は牛肉100%にこだわり、とっておきのごちそうメニューとして食卓に提供されました」って書いたぁったけれども、ふと、レトルトカレーが誕生したんが大阪ちゃうかったらレトルトカレーは豚肉が当たり前やったんかなぁ、と思ったんよ。

もちろん、発売当時は他のもんと比べてめちゃくちゃ高かったみたいやけれども。外食の素うどんが一杯50円~60円やのにボンカレーは1個80円やった、って書いたぁりますわな。(これ、「素うどん一杯」ってのも大阪ならではかもしれんね。関東なら「かけそば」ってなってそうやん。)例えばレトルトカレーが関西やないところで開発されて、かつ「ごちそう」やのぅて庶民に手が届く価格設定で広く食べてもらうことを優先させるんやったら、まず間違いなく豚肉になったんやない?そうなったら当然違う歴史を歩んだんやろうねぇ。そう考えると運命っちゅーんかなんちゅーか、不思議やねぇ、と思うんは私だけやろか。

当時の「ごちそうメニュー」も今じゃ安いところやったらほんまに当時と同じくらい、1個80円くらいで買えてまうもんな。すっかり手抜きメニューとか、独り暮らしさん御用達メニューになってもうたわな。それでも開発当時は想像もつかんエネルギーが要ったんやから、ありがたーくいただかなあかんわな。

うちの娘もカレー大好きやねん。最近「カレー」ってゆえるようになったしな。ほんまに一家で助かってますー 開発に携わった皆さん、おおきにぃ。


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  1. 2009/05/10(日) 16:36:00|
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カッターナイフ

えー、気ぃついたらえらいサボってしもてました。すんません。気を取り直して。

さてカッターナイフやけど、これも大阪生まれなんやそうです。皆さん知ったはりました?「カッター」ゆぅたらシャツのほうと勘違いしたり、「カッターなかったぁ?」なんてオヤジギャグゆぅたりするんは大阪人だけやろか。え?私だけって??かも知れんねw

まま、話戻しますわ。
カッターナイフゆぅたら、要る分だけカチカチっと出して、すーっと切って、ぎょーさん切ってるうちにあら、切れ味悪なってきたわ、ってなときはその部分だけ刃ぁをぽきっと折る。この刃ぁをぽきっと折るんを開発したんが大阪の「オルファ」っちゅー大阪の会社で、ガラスの破片と板チョコが発想のヒントやったらしい。開発当時は紙を切るんはナイフかカミソリしかのぅて、切れ味悪なったらナイフは研がんならんし、カミソリはほかしてまうから無駄になる。使い続けられて切れ味の落ちんような刃物っちゅーのはでけんもんやろか、っちゅーのが開発のきっかけやったそうな。

まっ、カッターナイフの誕生秘話はメーカーのWebサイトに載ってるし、紙芝居風で音声と文字とでナレーションと台詞が入ってるからバリアフリーやし、それを見てもらうことにして、オドロキなんがこのオルファさんの刃ぁが世界標準になってる、っちゅーことと、初期に発売されたもんが今でも継続販売されてるってことやね。ほんでもって国内生産にこだわってて、全部の製品を国内で作ってるんやって。すごいやんなぁ。

大阪で誕生して、世界中に広まって、さらに世界標準になってるっちゅーのが、誇らしいやないですか。ちょっとカッターナイフ、見直したわぁ。

ちなみに、オルファ社のカッターナイフについてはここでも紹介されてます。えらい詳しく載ってるんで、読み物としても楽しめました。良かったらどうぞ。


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  1. 2008/11/28(金) 21:36:11|
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魔法瓶

ちょっと「born in Osaka」言うてまうんは語弊があるかもしれんけど。まぁまぁ、堅いことゆわんと。

最近は自販機でペットボトルの飲みもんが手軽に買えてまうから、あんまし活躍する場ぁがのぅなってきてるかもしれんけど、行楽のお出かけにはやっぱし水筒がつきものやねぇ。ほんで水筒ゆぅたら魔法瓶。

この魔法瓶、1904年にドイツで初めて家庭用魔法瓶生産されて、テルモス瓶って名付けられたんやそうな。ほんで日本に初めて輸入されたのは1911年ごろで、その数年後に国産品第1号が誕生するんやけど、その誕生したところが大阪やったんやて。

そん頃の大阪は、日本のガラス工業をリードする地域やったから、魔法瓶の中びんを作る優秀なガラス職人さんたちも大阪にぎょーさん居てはって、大阪は日本の魔法瓶工業の中心地になってったんやと。

魔法瓶のメーカーっちゅったら、象印やらタイガーやらが出てくるやん?この2つの会社、両方とも大阪の会社やってんねぇ。うほほ。知らんかったわぁ。皆さん知ったはりました?そんなところからも大阪が「魔法瓶工業の中心地」ってのが伺えますなぁ。

話戻しますけど、その後、1978年に日本で世界初のステンレス魔法瓶が開発されてんけど、開発したんは日本酸素って会社で、(残念ながら大阪の会社ちゃうねんけどな)さらにその10年後の1988年にはその会社がめっちゃ軽ぅて丈夫ななチタン製の魔法瓶を発売したそうな。

ステンレスの魔法瓶、1987年ってあるけど、私が幼稚園の頃はまだガラスが主流で(って日本ちゃうかったからかもしれんけど。)、スクールバスが揺れて水筒落っことしてもうて、ガラスが割れてお茶がガラスまみれで飲まれへんくなって友達が泣いてた記憶があるんよね。懐かしい。あの頃は洗濯洗剤も今みたいにスプーン1杯やなかったから箱がやたらデカくて身体全体を使って箱振って洗剤を入れてたんも覚えてる。って、幼稚園児の記憶やから、大人からしたらたいした大きさちゃうかったかもしれんけど。私も昔を語れる歳になったわけやねw ジーコジーコの黒電話も知ってるし・・・

また話逸れてもうたけど、こんな風に順を追って魔法瓶の歴史を見てったら、技術の進歩がよぉわかって、ただただ脱帽するばかりやね。そのスタート地が自分のふるさと大阪っちゅーのがまた、嬉しいやないですか。ねぇ?(って誰に「ねぇ?」なんやw)


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  1. 2008/10/24(金) 17:49:10|
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